アルバとソワレ
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〈1〉

 足元で舌を鳴らす獣たちを、じっと見下ろしている。
 かすかに湿った音を立てて、2匹のネコがミルクをなめていた。
 1匹の首輪にはスペード、もう1匹の首輪にはダイヤのシルバーアクセサリーが輝いている。どちらもソワレのお手製だった。
 街が赤く燃えた夜に拾ってきたこのネコたちに、お揃いの首輪を用意したのはソワレだったが、ソワレは名前までは用意していかなかった。
 アルバがソワレの姿を見なくなってから、すでに3日がたっている。

「……柄じゃないんだがな」
 壁にもたれ、ネコがミルクを飲むのをじっと見つめていたアルバ・メイラは、テーブルの上のサングラスを手に取って部屋を出た。
「——っと!」
 きしみの激しい廊下を走ってきたノエルが、部屋から出てきたアルバに気づいて慌てて立ち止まった。
「どうした、ノエル?」
「あ、いや、別に何かあったってワケじゃねーけど——」
 鼻の頭をかき、ノエルは視線を逸らした。いかにもばつが悪そうな顔をして、次に口にすべき言葉を捜している。
 アルバはサングラスをかけ、後ろ手に扉を閉めた。
「ちょっと出かけてくる」
「えっ? も、もう夜だぜ!?」
「ノエル。私はもう子供じゃあない。たまには夜の街をぶらついてみたいと思うこともある」
「いっ、いや、そういう意味じゃなくてだなあ……そ、その、こんな時間に、何しに出かけるのかなーって思ってさ」
「……プライベートだ」
 それ以上の質問を拒絶するひと言を溜息とともに吐き出し、アルバは歩き出した。
「——明け方には戻る。ネコたちにはミルクをやったばかりだが、もしうるさく鳴くようなら外に出してやってくれ」
「あ、ああ……」
 拍子抜けしたようなノエルの声を背中で聞きながら、錆だらけの階段に通じる扉を開く。
 排気ガスの臭いの混じったサウスタウンの夜気が、アルバの脳裏をひりつかせた。

 あれから3日——。
 キング・オブ・ファイターズの決勝から、まだ3日しか経過していない。
 あの時、アルバは確かにジヴァートマと名乗る異貌の男に勝った。
 だが、そのあとのことはよく覚えていない。
 今になって思い返してみても、記憶のスクリーンにフラッシュバックしてくるのは、崩れ落ちるモスクとあざやかな星空、そして青ざめた蝶を思わせる女の横顔。
 あそこで何があったのか、アルバにはいまだにはっきりと答えることができない。
 動かしがたい事実としてアルバが認識しているのは、ただひとつ、あの闘いを境に、ソワレがいなくなったということだけだった。
 唯一真相を知っているはずの女は、詰め寄るアルバを残して幻のように消え去った。
 あれ以来、あの女とも会っていない。
 特にこれといったあてもなく夜の街を歩いているのは、あの女を捜しているのか、それとも単に途方に暮れているだけなのか、アルバ自身にもよく判らなかった。
 悔恨と、それに戸惑いばかりが沸いてきて、かつてのような情熱を秘したまなざしで、猥雑だが活気のあるこの街を見ることができなくなっているのは確かだった。
 わずか3日だが、それは、この街の“キング”の胸にぽっかりと空いた大きな穴を、さらに蝕み、広げるのに充分すぎる時間だったのかもしれない。

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