サイレントソルジャ― ――Leona

 各国政府や大企業、団体などに金で雇われ、クライアントの利益のために戦うのが傭兵の仕事である。
 しかし、身体ひとつで戦場を渡り歩く一匹狼ならともかく、仮にも「部隊」と呼ばれるほどの集団ともなると、傭兵とはいえ、ただ戦っていればいいというものではなくなる。
 正規軍の援護を期待できない激戦地や、極秘裏におこなわれる隠密作戦で、兵士たちの生存率を1パーセントでも高くするためには、よりよい装備、正確な情報、充分な物資が必要となる。補給や情報収集、分析、あるいは装備開発――そこにあるのは、通常の軍隊と何ら変わらない機能的な組織だった。
 隻眼の傭兵ハイデルンによって統率された彼の部隊は、まさにそうした世界最高峰の傭兵部隊であった。

      ◆◇◆◇◆

 レオナ・ハイデルンのコードネームで知られる少女は、この傭兵部隊の中でも特異なポジションにいる。
 組織のトップに立つハイデルンの養女であり、その薫陶を受けて育った、歴戦のつわものたちも舌を巻く戦闘力を持つ少女傭兵――それがレオナである。この傭兵部隊にはさまざまな経歴を持つ戦士たちが数多く集まっているが、その中にあっても彼女は異例の存在だった。
 クールというより無口、そして無表情。
 感情を持たない精密機械のように、音もなく忍び寄って正確無比に敵を倒す――そんな戦い方を体得しているレオナは、本来であれば、ある意味もっとも傭兵らしい、直接的な戦闘任務に就くことが多い。
 が、きょう彼女にあたえられた任務は、本部基地の片隅にある古い倉庫内の、あまりに膨大な資料の整理であった。
「…………」
 長年放置されてきたであろうストッカーの中から、セピア色に変色しかかった資料の束を取り出し、重要度別により分けていく。
 薄暗い倉庫の中で、そんな単純作業を、レオナは何時間も黙々と続けていた。
 レオナ自身は、これが自分の戦士としての適性に見合った任務だとは思っていない。
 しかし、それが上からあたえられた任務である以上、レオナに不満を口にする権利はないし、そもそも不満だとも思っていない。ハイデルンがそれを命じたのであれば、そこにはかならず何かしらの意味がある――と、レオナはそう信じている。
 ここに保管されている資料の大半は、こうしたものが紙ではなくデジタルデータによって保存されるようになり始めた時代、デジタル化作業を後回しにされたまま20年以上も放置されてきた、いわば過去の遺産だった。

      ◆◇◆◇◆

 レオナの実の父は、大いなる地球意思オロチの眷族であるオロチ八傑集のひとり、ガイデルであった。
 その血を色濃く引いていたレオナは、“血の暴走”によって、みずからの両親をその手で殺害してしまった過去を持つ。その際の精神的なショックから、レオナはみずからの記憶と感情を封じ込めてしまった。
 そして、すべてを失ったレオナを引き取り、育ててきたのが、当時その事件の調査をしていたハイデルンだったのである。
 今ではレオナも自分の過去と正面から向き合い、哀しい現実を乗り越えつつはあった。
 だが、今もレオナの中のオロチの血は生きている。時にそれが彼女をあやつり、彼女の戦友たちを窮地に追いやったこともある。
 しかし、そんなレオナが、血の呪縛に打ち勝ち、希望を捨てることなく生きていこうと決意したのもまた、頼もしい彼女の戦友たちと、何よりもハイデルンがいればこそであった。

 レオナの思索を断ち切るかのように、その時、彼女の肘に触れたストッカーが、大きな音を立てて床に落ちた。
「…………」
 床に散らばった資料を無言でかき集め、未整理のストッカーの中へと戻していたレオナは、その時、見覚えのある文字列があることに気づいて手を止めた。
 レオナが生まれるよりも前に書かれた、とある暗殺者の追跡調査報告書には、その内容が特Aランクの機密事項だということをしめすスタンプが押されていた。
 報告者の名前はカール・ベヒシュタイン――それが今でもしばしば使用されているハイデルンのコードネームのひとつであることを、レオナは知っていた。
 レオナは作業のことも忘れてその資料に見入った。
 そこには、レオナが知らない若かりし日のハイデルンがいた。
 近いようで遠い、知っているようで知らない、ハイデルンという人間のことをもっと知りたくて、薄汚れた床にしゃがみ込んだまま、レオナは分厚い報告書を読みふけった。

   ◆◇◆◇◆

「おい」
 丸めた紙束で頭を叩かれ、レオナは顔を上げた。
「――真面目にお仕事してんのかと思って来てみれば……いったい何なんだ、このザマは?」
 いつの間にかやってきていたラルフを見上げ、レオナはあらためて自分の周りを見回した。
 ストッカーを落とした時に散乱した資料はほとんど放置されたままで、お世辞にも片づいているとはいいがたい。採光用の窓から射し込む茜色の光は、すでに夕暮れが迫っていることを物語っていた。
 身を屈めて資料を拾い集めながら、ラルフは大袈裟に嘆息した。
「オレの足音にも気づかねェとは、おまえにしちゃ珍しいな。何をそんなに熱心に読んでたんだ?」
「……これ」
 レオナは手にしていた報告書をラルフに差し出した。
「ああ……こんなトコに眠ってたのか、この資料。どうりでデータベースにろくな情報がねえわけだぜ」
 報告書をぱらぱらとめくり、ラルフは唇を吊り上げた。
「全部読んだのか?」
「……だいたい」
「ま、あの鬼教官にもそういう過去があったってこった。……いわなくても判ってるだろうが、他言は無用だぜ?」
「…………」
 ラルフの言葉に、レオナは無言でうなずいた。
 同じハイデルンの部下としてレオナとともに戦場に出ることの多いラルフは、一見すると大雑把でいい加減な人間のようだが、その実、深い洞察力と大人としての包容力の持ち主だった。かつて自分の運命に押しつぶされかけたレオナが、みずから命を断とうとした時、それを思いとどまらせてくれたのは、ほかならぬこのラルフと、その相棒、クラークだったのである。
 ハイデルンはいうまでもないが、ラルフたちとの日々がなければ、今のレオナはなかっただろう。何より、戦友という言葉の意味をレオナに教えてくれたのがラルフたちだった。
「しかしまあ、教官どのも意外に不器用というか――」
「……?」
 レオナは首をかしげてラルフのにやついた顔を見上げた。
「いや、別に何でもねえよ」
 ラルフはレオナに報告書をつき返した。
「――とりあえずこいつは、おまえが教官のトコに提出してこい。いつまたコイツのデータが必要になるか判らねえし、この際きちんとデータベース化しとかなきゃならんからな」
「……了解」
「それと、明朝からおまえにゃまた別の任務が待ってる。詳しいことは教官からハナシがあると思うが、コロンビアまで工場見学に行ってもらうぜ」
「工場見学……?」
「工場っつーか、農場っつーか――ケシ畑だな」
「…………」
 ケシと聞いて、麻薬組織絡みの任務だろうと見当がついた。それも、ラルフがわざわざ事前に自分に知らせるということは、かなり大掛かりな任務に違いない。
 レオナはふと、ハイデルンが自分にこんな事務方の仕事をこの時期にやらせたのは、さりげなくレオナに休息を取らせるためだったのかもしれないと思った。
 動くべき時と休むべき時――オンとオフの切り替えが苦手なレオナは、こういう理由でもなければ、身体を休ませることなどほとんどない。実際、もしきょうがただの休日であったなら、間違いなくレオナは基地内のジムでトレーニングをしていただろう。おそらくハイデルンはそれを見越して、大きな任務の前にゆっくりと身体を休める時間をくれたのに違いない。
「んじゃそういうことで、そのへんだけは片づけてけ。おまえがサボってたことは内緒にしといてやっからよ」
「…………」
 倉庫から出ていくラルフの背中に向かって、レオナは静かに敬礼した。
 ラルフほどの地位にいる人間が、わざわざそれだけのことを伝えるためにここまで来るはずがない。おそらく、なかなか戻ってこないレオナの様子を見にきてくれたのだろう。
 それもまたハイデルンの差配なのか、それともラルフなりの気の遣い方なのかは判らないが、いずれにしてもありがたいことだった。
 ハイデルンの過去の足跡が刻まれた報告書をサファリジャケットのポケットにしまい込み、散らばった資料を簡単に片づけて、レオナは倉庫をあとにした。

      ◆◇◆◇◆

 レオナはかつて家族を失った。
 父と母をその手で殺め、過去という名の自分自身すら殺してしまった。
 しかし、今はそれに代わるものがある。

 レオナがその手で勝ち取った居場所が、ここにはある。

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