オリジナルサイドストーリー CLOSE
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〈3〉

「……グッドモーニング、おふたりさん」
 アルバがサングラスをかけ直し、ソワレが神妙な表情で脇腹を撫でていると、あくび混じりの女の声が頭上から降ってきた。
「モルゲン、シャーリィ」
 赤みがかったブルネットの美女を見上げ、アルバは唇をゆがめた。
「グッドじゃねえだろ、シャーリィ。オレがいうのもアレだが、あんた起きるのが遅ェよ。アンならとっくに学校に行っちまったぜ」
「あら」
 男物のジャンパーをはおって階段を降りてきた美女——シャーリィ・コールマンは、口もとに手を当てて目を丸くした。
「ったく……母親として恥ずかしくないのかね、この人は。母親なら母親らしく、いってらっしゃーい、って我が子を見送るとかさぁ——」
「きょうは誰が送ってってくれたの?」
「珍しくまっとうなオレのセリフはムシかよ……」
「今朝はノエルだ。……それにしても、アンは明るいいい子になったな」
「ふふ……母親の教育のタマモノじゃない?」
「……よくいうぜ」
 ぼそりとこぼれ出たソワレの呟きに、今度はしっかりと反応したシャーリィが、鳶色の瞳を細めてちろりと見やった。
「何かいった、ソワレ?……そういえばあなた、ウチの店のツケがたまってたわよねぇ?」
「いえいえ、別に何も申しておりませんです、はい!」
 大袈裟に両手をあげ、ソワレは慌てて愛想笑いを浮かべた。ソワレだけでなく、ノエルやジェイ、ウィリアムといった若い連中は、シャーリィの店でたびたびただで酒を飲ませてもらっていたから、こうしてツケの話を持ち出されると全面降伏するしかないのである。
 シャーリィは冷ややかな朝の空気を大きく吸い込み、溜息に変えて吐き出した。
「……ま、冗談はさておき、ホント助かってるわ、あなたたちがアンの面倒見てくれて」
「気にしないでくれ。好きでやっていることだ」
「そうそう。サンズ・オブ・フェイトの連中は、みんな家族みたいなもんだからな。オレたちにとっちゃアンは妹みたいなモンだし、あんたはおふくろ——」
「いつまでも若くて綺麗で気前のいいおねえさん——よね、ソワレくん?」
「は、はい、そうでした……」
 ふたたびシャーリィに睨まれ、首をすくめるソワレ。
 シャーリィはすぐに表情をゆるめ、おかしそうに笑った。
「ふふっ……それにしても面白いわね」
「面白い……?」
 アパートの前で遊ぶ子供たちを見つめていたアルバは、いぶかしげにシャーリィを振り返った。
「あなたたちのことよ。あなたとソワレ。フェイトとチャンスに半分ずつ似てるっていうか」
「え? そうかな?」
「アルバの行動力と責任感の強さはフェイトゆずりだし、冷徹な計算ができるところはチャンスに似てるわ」
 シャーリィの人物評がおもはゆく聞こえて、アルバは苦笑せずにはいられなかった。
「私の計算高さがチャンスに似ているという点については否定するつもりはないが、別にフェイトには似ていない。それは買いかぶりというものだ」
「あら、そうかしら?」
「ああ。似ているということでいえば、私よりむしろソワレのほうがフェイトに似ているんじゃないか? 人を惹きつけるソワレの明るさは、あれは私にはないものだ」
「おっ! アニキ、今もしかしてオレを褒めた? もっと褒めていいぜ、ほらほら!」
 そう調子に乗るソワレを横目に、シャーリィはそっとアルバに耳打ちした。
「でもさ、ちょっとナンパなところはチャンスに似ちゃったんじゃない?」
「……それについては断固チャンスに抗議したいところだ」
 憮然として呟くアルバに、シャーリィは悪戯っぽく続けた。
「そりゃあ困るわよね、大事な弟があんな軽薄な男になっちゃったりしたら」
「いや、チャンスは見た目ほどに軽い男じゃないぜ? もちろん、オレもそうだけどな」
 こほんと小さく咳払いして、ソワレが大仰にうなずく。
 アルバはかすかに首をかしげ、化粧っ気のない年上の美女の横顔を見やった。
「……あなたはチャンスが嫌いなのか?」
「いいえ」
「へえ。そんじゃフェイトのことは?」
「もちろん好きよ」
 双子たちの問いに即答したシャーリィは、すぐにまたもうひと言つけ加えた。
「——でも、今のわたしにとって一番大事なのはあの子よ」
「そうか……」
「何なの、アルバ? その意味ありげな表情?」
「いや……ウチのチームにも、ずいぶんと頼もしい女神さまがついてくれたものだと思ってね」
「そんなふうにおだてたって何も出ないわよ?」
 のちに“キング”と呼ばれることになる若者の肩を気安げに叩き、シャーリィはスチールの階段を降りていった。
「別におだててるわけじゃないさ! あんたはもう立派に〈サンズ・オブ・フェイト〉の一員だよ、シャーリィ!」
「それはどうもありがと」
 ふと足を止め、シャーリィは踊り場のアルバとソワレをまぶしげに見上げた。
「……ねえ、あなたたち」
「何だい?」
「〈サンズ・オブ・フェイト〉にはいい男がいっぱいいるけど、フェイトよりもチャンスよりもいい男になるのは、たぶんあなたたちふたりくらいね。わたしが保証してあげるわ」
「だってよ、アニキ」
 ソワレは小さく破顔してアルバと顔を見合わせた。
 シャーリィは気の強い鉄火肌の女で、たとえ相手がフェイトやチャンスであっても、いうべきことははっきりと口にするタイプの人間だ。ただの世辞でそんなことをいう女ではない。
 アルバはしかし、それ以上何もいわず、近所の子供たちに挨拶しながら店へと向かうシャーリィの後ろ姿を見送った。

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