オリジナルサイドストーリー CLOSE
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〈5〉

 ひとつはシャーリィの墓に。
 もうひとつはそれよりも少し新しい、隣り合ったフェイトの墓に。
 カサブランカの花束がささげられた母親の墓前にしゃがみ込み、アンが声を押し殺して泣いていた。いつもはソワレやノエルを子供あつかいするしっかり者の少女も、やはりまだ母親の死という現実を思い出の1ページに変えることができずにいるのだろう。
 アンの隣で膝を折ったノエルが、少女の肩にそっと手を置き、不器用になぐさめている。
 1歩下がったところから、アルバはふたりの背中を無言で見つめていた。
 たぶん来年も、アルバは同じような光景を目にすることだろう。アンの哀しみが癒えるにはもう少しかかるはずだ。
 胸の前で軽く十字を切って黙祷をささげたアルバは、かたわらのソワレがさっきからじっと唇を噛んでいることに気づいた。
「どうした、ソワレ?」
「いや……」
 カサブランカの甘い香りに鼻腔を突かれたのか、ソワレは小さくくしゃみをしてきびすを返した。らしくないその表情に、アルバも静かにソワレのあとを追った。
 無数の十字架が林立する中を、おそらく何のあてもなく歩きながら、ソワレは背後の兄にいうでもなく呟いた。
「……もう1年たつんだよな」
「さっきもいわなかったか、そのセリフ?」
「別にいいだろ? 最初にまずチャンスがいなくなって、それからシャーリィ、それからフェイトも死んじまって——なあ、兄貴」
「何がいいたい?」
「オレはさ、兄貴とふたりで施設を飛び出してから、兄貴以外の誰かがいなくなってあんなに哀しい思いをするなんて、想像したこともなかったんだよ。おまけにこうしてシャーリィの墓の前に立つと、みんながいた頃のことを思い出して、また哀しくなっちまうんだぜ? オレ、やっぱまだガキだ……」
 少しラフに遊ばせた銀色の髪をかきむしり、ソワレは声を詰まらせた。アルバの位置からではソワレの顔は見えなかったが、おそらく、声をあげずに涙を流しているのだろう。
 アルバはことさら抑揚を抑えた声でいった。
「——別に恥ずかしいことじゃない。私も同じようなものだ」
「兄貴はいいぜ、そういうのが顔に出ないタイプだからさ。感受性豊かなオレにゃポーカーフェイスなんて一生ムリだな」
 確かに、いつもクールであるべく務めているアルバと違って、ソワレは人前で自分の感情を剥き出しにすることを躊躇しない。それがソワレの欠点でもあり、また長所だともいえるだろう。
 アルバは自分にはないソワレの素直さを少しだけうらやみ、皮肉っぽくまぜ返した。
「つまり——私は感受性にとぼしいといいたいのか、ソワレ?」
「あれ? そう聞こえた?」
 おどけた仕種で振り返ったソワレは、もういつものソワレだった。
「けどよ、兄貴」
「何だ?」
「兄貴は、オレに黙って急にいなくなったりするなよ?」
「————」
 これまで〈サンズ・オブ・フェイト〉は、若いメンバーを引っ張っていくリーダーたちを立て続けに失っている。あるいは次はアルバが——ソワレがふとそんなことを考えてしまうのも無理からぬことなのかもしれない。
 黒いスラックスのポケットに手を突っ込み、ソワレは風の吹く彼方を見つめて目を細めた。
「——もし兄貴がいなくなっちまったら、オレ、どこまででも捜しにいくからな? オレたちの居場所はここだ。この街なんだぜ?」
 額にかかる前髪をかき上げ、アルバは首を振った。
「その言葉、そっくりそのままおまえに返すよ、ソワレ」
「はァ?」
「むしろおまえのほうがある日突然ふらっといなくなりそうな雰囲気があるからな」
「おいおい、人を根なし草みたいにいうなよ。オレがそんないきなり武者修行の旅に出るような男に見えんのかい、兄貴にはよ?」
「いや、見えないな」
「だろ?」
 ソワレはあっけらかんと笑ってアルバの肩を軽く小突いた。
「——おい、ふたりとも!」
 そのノエルの声に、ふたたびアルバとソワレが同じタイミングで視線を転じた。
「おまえらそんなトコで何コソコソしゃべってんだよ!」
「別に何でもない」
 アルバはネクタイを締め直し、ふたりのもとへと引き返していった。
「——今夜はシャーリィのために飲み明かそうといっていただけさ。……それより、もういいのか、アン?」
「うん」
 小さくうなずいた少女は、白いハンカチで目もとを押さえ、それでも気丈に微笑んでみせた。亡き母のように男勝りの女丈夫でこそなかったが、やはりアンはシャーリィの娘だった。
「……みんな、きょうはありがと」
「いいってことよ。……っしゃぁ、んーじゃオレたちも早いトコ行くとするか!」
「そうだな。先に行って準備してるギャラガーたちが、きょうの主役を置き去りにして勝手に始めてるかもしれねーし」
「ギャラガーはそんなことしないよ。ソワレやノエルじゃあるまいし」
「おいおい」
 間にアンをはさんで、ソワレとノエル、3人が並んで歩いていく。アルバだけでなく、ほかのメンバーたちにとっても見慣れた光景だ。アンがシャーリィに連れられてサウスタウンへと流れてきた時から、あのふたりはアンの兄貴分を勝手に自任してきた。
 フェイトとシャーリィの墓の前で足を止め、アルバは3人の後ろ姿に微笑を浮かべた。
「小うるさい保護者気取りの兄貴分がふたりも3人もいたら、かえってあの子には迷惑かな? もうアンも年頃だし、ときどき私は、あの子の将来のために何をしてやればいいか判らなくなることがあるんだが……どう思う?」
 アルバが問いかけても、冷たい墓標は答えない。
「——おーい、アルバ、何やってんだー!」
 ノエルが立ち尽くしているアルバを振り返って手を振った。
「運転手さーん! お嬢さまがお待ちですよー!」
「……今行く」
 調子のいいソワレのセリフに、アルバはふたりの墓に背を向けて苦笑した。
「——また来るよ、フェイト、シャーリィ」

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