オリジナルサイドストーリー CLOSE
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〈4〉

「アニキ、おい、アニキ」
 ソワレに肩をゆすられ、アルバはつかの間のまどろみの淵から浮かび上がった。
 サングラスのレンズ越しに空を見上げてみれば、さっきまで雲におおわれていた天にはわずかにあざやかな青が覗き、冷ややかに吹きつけていた風もいくぶん弱まっている。
 うとうとしていたのはほんの10分ほどだったか。
 さりげなく腕時計の文字盤を確認し、アルバは長々と嘆息した。
「珍しいな、アニキがベンチに座ったままうたた寝しちまうなんて」
 隣に腰を降ろしたソワレが、心配そうにアルバの顔を覗き込んだ。
「——ひょっとして疲れてんじゃないか?」
「いや、ちょっとな。……昔の夢を見ていた」
「昔の?」
「シャーリィが生きていた頃の夢さ」
「ああ……あれからもう1年だもんな……」
 ベンチにふたりで並び、ゆっくりと流れていく雲を見上げる。いつしか雲は西のかなたへと追いやられ、さえぎるもののなくなった小春日和のおだやかな陽射しが、アルバたちの影を濃く黒く足元にわだかまらせていた。
「——アルバー! ソワレー!」
 遠くから、元気のいい少女の声が聞こえてきた。
 その声に、意識せずに同じタイミングでベンチから立ち上がったのは、一卵性の双子らしいささやかなシンクロニシティだったか。あまり似ていないと揶揄されることもあるが、こういう時、やはり自分たちは双子なのだとアルバはそう思う。
「おっせーぞ、ふたりとも!」
「悪ィ悪ィ!」
 さっき仲間たちが去っていった玉砂利の道を、黒スーツ姿のノエルと、母ゆずりのブルネットをポニーテールにまとめたアンが歩いてくる。
 ふたりが胸にかかえていた大きな花束に目を留め、アルバはサングラスをかけ直した。
「カサブランカか……」
「うん」
 アンは白いユリの花を見つめ、さびしげにうなずいた。
「……ママ、この花が好きだったから」
「それにしたって、ずいぶんとまた買い込んできたもんだな」
「トーゼン! 店にあるだけ全部買い占めてきたぜ」
 借り物の黒いスーツが似合っていないノエルは、ネクタイの曲がった胸を張ってほこらしげに笑った。
「ナニ偉そうにいってんだ? おまえは極端なんだよ、ノエル」
「別にいいじゃねえか。だっておまえ、このほうがシャーリィに喜んでもらえるだろ? オレたちにできることっつったらこのくらいのもんなんだし」
 ノエルが唇をとがらせてぼやくと、アンはふるふると首を振った。
「ううん、そんなことないよ。みんな、ホントにママによくしてくれたじゃない」
「サンキュ、アン。……ってまあ、マジなハナシ、オレたちがシャーリィから受けた恩義はさ、こんなもんじゃまだまだ返せねえよ。オレたち世話になりっぱなしだったからな」
「……そうだな」
 ソワレは鼻の頭をかき、静かにうなずいた。
 いつも陽気なソワレやノエルが見せている神妙な表情が、あの墓の下に眠っている女性の、彼らにとっての存在の大きさを物語っている。
 このところ、アルバはよく思う。

 シャーリィも、それにフェイトもチャンスも、なぜアルバが認める大人たちは、次々に自分たちの前から姿を消してしまうのだろうか——と。

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