アルバとソワレ
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〈4〉

 スモッグのせいで弱々しくまたたくばかりの星空に、かすかなアルコール臭の混じった吐息が昇っていく。
「……こんな時、ソワレなら、わくわくするというだろうな」
 背中に突き刺さる無数の視線を感じながら、アルバは薄暗い路地の奥へと歩を進めた。
 アルバはあまり酒はたしなまないほうだが、さりとて弱いというわけでもない。規則正しい呼吸を繰り返すうちに、カイピリーニャの酔いはほとんど散っていた。
「——待て」
 繁華街の喧騒も遠のいた高架下のバスケットコートに、アルバをすばやく取り囲む男たちの影。アルバがここへやってくるまで仕掛けてこなかったのは、やはり〈パオパオカフェ〉を敵に回すことを嫌ったからだろう。
「……アルバ・メイラだな?」
 男たちの中から誰何の声が飛んでくる。
「だとしたら?」
 闇に慣れたアルバの目は、サングラス越しにでも、男たちの数を正確に数えることができる。
 正直な感想をいえば、いささか少ない。
 アルバ・メイラを闇討ちするなら、もう少し多くの兵隊を揃えるべきだ。
 それに、いまさら名前を尋ねるのも間が抜けている。やるなら何の予告もなしに背後からいっせいに襲いかかるべきだった。
「こんな連中に“キング”を名乗らせたら、この街はとんでもないことになるだろうな」
 呆れ顔でひとりごち、アルバは動いた。相手が間違いなくアルバだと律儀に確認し、たがいに目配せをしてからようやく襲いかかろうとするのろまな男たちの機先を制して、ひそやかに、そして風のような速さで駆ける。
 動揺の色を隠せない男たちの只中に飛び込み、アルバはその拳を振るった。
「うごっ——」
 みぞおちに重い一撃を食らった男が、仲間を巻き込んで派手に吹っ飛ぶ。だが、アルバはそれを最後まで確認することなく、身体をひねって後ろ回し蹴りを放った。
「ぐぶ」
 骨が砕ける感触が、靴のかかとを通してアルバの脚に伝わってきた。鮮血と折れた歯をまき散らし、またひとり声にならない呻きをもらして男が崩れ落ちていく。
「この野郎——!」
 周りから男たちの腕が伸びてきたが、アルバはそれをうまくさばいて掴ませなかった。まだフェイトが生きていた頃から、〈サンズ・オブ・フェイト〉はほかのグループに数でおとる闘いをしいられることが多かったが、そのおかげで、ひとりで多くの敵を相手取る闘いには慣れている。
 こんな1対多数の闘いで、もし迂闊に地面に引き倒されたりしたら、体格のいい男たちにいっせいに踏みつけられてあっという間に動けなくなる。アルバはそのことを誰よりもよく知っていた。特に、さほど身体が大きいとはいえないアルバにとっては、ちょっとしたダメージでも命取りになりかねない。
 だからアルバはつねに動き回り、数でまさる敵を翻弄しながら、ひとりずつ確実に仕留めていった。
「——アルバ!」
「おい、無事か!?」
 襲撃者たちの数が半分ほどに減った頃、錆びたフェンスを乗り越えて、見覚えのある顔がコートに入ってきた。
「ノエルか!」
「ったく、どこほっつき歩いてんのかと思えば……いい加減にしろよ、アルバ!」
 そうわめきながらも、男たちに殴りかかっていくノエルの顔は明るく笑っていた。口数が少なくいつも何を考えているのか判りづらいデュードも、今はほっとしたような笑みを浮かべている。ふたりとも、アルバの帰りが遅いのを心配して、あちこち捜し回っていたのかもしれない。
 たったふたりの援軍だったが、アルバにはそれで充分だった。

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