オリジナルサイドストーリー CLOSE
123456

〈1〉

 イタリア国旗を思わせるあざやかな色彩が街角をいろどる季節、折からの寒さに反して人々の足取りが軽やかなものになるのは、このサウスタウンも例外ではない。
 日が傾き、あたりにひっそりとした冷たい闇が降りてくる時刻になれば、沿道の木々はきらびやかなイルミネーションのドレスをまとい、アスファルトに落ちる影を淡くかすませる。それはにぎやかな繁華街だけにかぎったことではなく、一般の家庭でも、クリスマスに合わせて我が家を電飾でおおい尽くす光景はさして珍しくない。
 現にアルバたちが住むアパートの壁も、個性豊かな住人たちがどこからか調達してきた電飾によって、ひと月も前からごてごてと飾り立てられている。誰かがみんなを仕切ってコーディネイトしているわけではなく、それぞれが思い思いに好き勝手にやっているだけだから、お世辞にも洗練されているとはいいがたいが——。
「枯れ木も山のにぎわい、か」
 アルバの美意識からすればとうてい許容できない悪趣味なイルミネーションも、この界隈を明るく照らすという意味ではないよりはましだろう。あれを見てはしゃいでいる子供たちがいるうちは、このイベントに異様な情熱をそそぐソワレやノエルを止めるつもりはない。
 愛車のエンジンを切ってガレージを出たアルバが、夕闇の中でちかちかとまたたき始めたイルミネーションを見上げて薄く笑っていると、ゆうべの名残り雪で遊んでいた子供たちが駆け寄ってきた。
「おかえりー、アルバー」
「ああ、ただいま」
「なあアルバ、ソワレとケンカでもしたのか〜?」
 男の子の無邪気な問いに、アルバは首をかしげた。
「別にケンカなどしていないが……ソワレがどうかしたのか?」
「あのね、ソワレに遊んでもらおうと思ってお部屋まで呼びにいったんだけどー」
 舌足らずな口調で女の子が説明する。
「なんかね、電気もストーブもつけずに、ベッドの隅っこで毛布かぶって膝かかえててぇ……」
「てっきりアルバに叱られてヘコんでんのかなーって思ったんだけど——違うのか?」
「心当たりはないが……」
 少なくとも、アルバが外出する時まではいつものソワレだった。ゆうべも夜遅くまでノエルたちと騒いでいて、外出するアルバを寝ぼけまなこで見送ってくれた。
「——わざわざありがとう。もう日も暮れる。気をつけて帰るんだぞ、ふたりとも」
「うん、判った。じゃあねー、アルバー」
「バイバーイ」
 熟したりんごのような頬をした子供たちが、雪と砂利を蹴立てて走り去っていく。
 それを見送ったアルバは、もう一度アパートを見上げて嘆息した。いわれてみれば、ソワレの部屋の電気が消えたままになっている。
 アルバは買い物袋をかかえてスチールの階段を上がっていった。ソワレの部屋へ向かった。
「——ソワレ?」
 軽くノックしてみたが、返事がない。アルバは首をかしげてドアを開けた。
「今帰ったぞ、ソワレ」
 壁を探って部屋の明かりをつけると、子供たちがいっていた通り、部屋の隅のベッドの上で、ソワレが毛布をかぶって膝をかかえている。暖房の入っていない部屋の空気は冷えきっていて、思わず身震いするほどだった。
「どうしたんだ、ソワレ?」
「あ、兄貴……」
 アルバがあらためて声をかけると、ソワレはびくっと肩を震わせ、振り返った。
「こんな部屋にいたら風邪をひくぞ。暖房くらいつけたらどうだ」
 アルバはテーブルの上に荷物を置くと——なぜかソワレの部屋には似つかわしくない、薔薇の花束がそこにはあった——壁際のオイルヒーターをつけた。
「どっ、どうしよう!?」
「……は?」
 毛布を引き剥いでベッドから降りてきたソワレは、困惑した表情の兄をよそに一気にまくし立てた。
「おっ、オレ、どうすりゃいいんだ!? なあ、兄貴!?」
「いきなりそう尋ねられても答えようがないな。いったい何があったんだ?」
「そ、それが……アンのヤツを怒らせちまって——」
「アンを?」
 いわれてみれば、共同キッチンにアンの姿がなかった。いつもならこの時間には、腹を空かせたこのアパートの住人たちのために、アンが何かしら作ってくれていたりするものだが、ソワレがアンを怒らせてしまったのだとすればそれも納得がいく。
 アルバはソワレにリンゴをひとつ投げ渡すと、すぐに戻ると告げて部屋を出た。

PREV
123456
NEXT
CLOSE