オリジナルサイドストーリー CLOSE
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〈6〉

 トニーを囲んでひとしきり笑ったあと、アンがふと思い出したように手を打った。
「——そうだ! ちょうどいいわ、よかったらトニーも来ない? 今夜ここのアパートのみんなでパーティーやるの!」
「ぱ、パーティー? いいの、ぼくなんかが混じっても?」
 ソワレに脳天を拳でぐりぐりやられていたトニーが、アンの申し出にぱっと表情を明るくした。
「ねえ、いいでしょ、アルバ?」
「それはいい考えだ」
 コンロに手鍋をかけてワインをあたためていたアルバが、アンの提案に鷹揚にうなずいた。ドイツを離れてかなりたつが、今でもアルバは、クリスマスのシーズンになると、グリューヴァイン——スパイス入りのホットワインをよく作る。
 テーブルの上のマグカップに、あたたかな湯気を立てるワインをそそぎながら、アルバはいった。
「——今夜は私たちの仲間も大勢集まるから、そこでトニーくんをみんなに紹介しよう。もちろん、アンのボーイフレンドとしてね」
「ホント!?」
 それを聞いたアンは、満面の笑みを浮かべてアルバの首にしがみついた。
「ダンケ、アルバ!」
「おいおい、そうはしゃがないでくれないか。ワインがこぼれたら火傷をしてしまうよ」
「今夜は腕によりをかけてお料理作るわ!」
 アルバの頬にキスをして、アンは着替えのために管理人室に引っ込んだ。
「お、おい、兄貴——」
 ドア越しにアンと無邪気に喜び合っているトニーを横目に、ソワレはそっとアルバに耳打ちした。
「本当にいいのか、あいつをパーティーに呼んじまっても?」
「何か問題でもあるのか?」
「問題っつーか……だってほら、酒に酔ったノエルたちがあいつに絡んだりするかもしんねーだろ? 自分たちがずっと可愛がってきた妹同然のアンに、いきなりこんなボーイフレンドが現れたってなったら、みんな心中おだやかじゃいられねえだろうし……」
「だからいいんじゃないか」
 グリューヴァインをすすり、あたたかな吐息をひとつもらして、アルバは唇を吊り上げた。
「——あの少年がどこまで本気なのか見せてもらういい機会だ。ノエルたちにいじられて根をあげるようでは、とうていアンのナイト役は務まらんさ」
 その時ソワレの目には、サングラスの奥のアルバの瞳が冷徹に輝いたように見えた。
「か、確信犯かよ……やっぱ兄貴はこえーぜ……」
「あれ? どうしたの、ふたりとも?」
 ほどなくして着替えをすませて出てきたアンは、何やらこそこそやっているアルバとソワレに気づいて首をかしげた。
「なんでもない。パーティーが楽しみだといっていただけさ。なあ、ソワレ?」
「あ、ああ……」
 さっきまで口にしていた不穏なセリフなどおくびにも出さず、アルバはソワレに同意を求めたが、ソワレはただぎこちなくうなずくしかできなかった。
「それじゃわたし、トニーといっしょに買い出しにいってくるわね」
 アンは嬉々としてトニーの手を引っ張って歩いていく。それを見送るソワレの笑顔が微妙に引きつっていることにも気づいていない。
「うわー、ぼく、感激だなー! ギャングってもっと怖い人たちかと思ってたんだけど、ぜんぜんそんなことないんだね! やっぱりアンのお兄さんたちだけのことはあるよ!」
「うふっ、トニーならきっと理解してくれると思ってたんだー」
 そんなおしゃべりをしながら階段のほうへと歩いていくふたりの背中を見つめ、ソワレは額に手を当てて溜息をついた。
「いや、ホントは怖いんだって。おまえがまだ気づいてないだけなんだよ、トニーくん。おまえはさあ、兄貴がよそのギャングから何て呼ばれてるか知らねえから、そんな呑気なことがいえんだよ——」
「ソワレ」
 テーブルにもたれてグリューヴァインを飲んでいたアルバが、マグカップをかかげてソワレにいった。
「……余計なことはいわなくていい」
「……は、はい」
 アンにボーイフレンドができて一番心中おだやかならざる思いをしているのは、実はアルバ本人なのかもしれない。だが、それを指摘した瞬間、思い切り殴られそうな気がしたので、ソワレは何もいわなかった。
「ソワレ」
「な、何だい、兄貴?」
「アンの機嫌が直ったこと、ノエルたちに伝えなくていいのか? きのう何もできなかったぶん、総出で準備しないと間に合わないだろう?」
「っと! そうだったそうだった。早いトコ行かねえと、あいつら、オレたちの奢りだと思って昼間から酒盛り始めかねねえしな!」
「アンのことで頭がいっぱいで、今夜のパーティーが何のパーティーだったのかあやうく忘れるところだったが……ツリーは確か、デュードが用意してくれているんだったな?」
「ああ」
「なら、それは私が取りにいこう。雪が降り出したらクルマも出せなくなる」
 半分以上中身が残っているマグカップをソワレに押しつけ、アルバは階段に向かった。
「あ、兄貴」
「ん?」
「メリー・クリスマス」
 ソワレは軽くウインクしてグリューヴァインを飲み干した。
「フレーリッヒェ・ヴァイナハテン(メリー・クリスマス)」
 あえてドイツ語で応えたアルバは、愛車のキーをちゃらりと鳴らして階段を降りていった。
「さて、と——」
 キッチンの窓を開け、少しよどんでいた空気を肌を刺すような冷たい外気と入れ替えたソワレは、鼻歌混じりに自分の部屋へ戻った。
 ふだんはあまり着ることのないオイルドコートをはおり、マフラーを巻く。鏡をのぞいて髪型をチェックしていると、窓の外からマスタングのエンジン音が聞こえてきた。
「……意外に協力的なんだよな、兄貴もさ」
 走り去るマスタングを窓から見送り、ソワレは苦笑した。
 この手のパーティーにはあまり興味がなさそうに思われがちなアルバだが、実際にはそうではない。ある意味ではソワレ以上に熱心だといってもいいだろう。といっても、別にソワレやノエルと競って浮かれ騒ぐというわけではない。
 要するにアルバは、それが何であれ、きちんと段取りをつけて物事を進めないと気がすまない仕切り魔、完璧主義者なのだ。
「もうちょい肩の力を抜いてもいいと思うんだけど……ま、兄貴らしいといやあ兄貴らしいか」
 コートのポケットに手を突っ込んでアパートを出たソワレは、今にも雪が降り出しそうな空を見上げて白い息を吐いた。
 アンの将来については、いずれきちんと考えなければならない時が来るだろう。ほかのことならすべてアルバにまかせておけばいいと思っているソワレも、この件についてだけは真面目に構えざるをえない。
 しかし、きょうくらいはすべてを忘れて楽しんだってかまわないはずだ。
 行きつけのバーガースタンドへ向かうソワレの足取りは軽く、残り雪をしゃくしゃくとリズミカルに踏み締めて、まるでダンスのステップのようだった。
 顔見知りと出会うたびに、メリー・クリスマスの陽気な挨拶を交わして、ソワレは賑々しく飾り立てた街を歩いていった。

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