サンズ・オブ・フェイト
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〈1〉

 目に映るのは星。薄汚れた星空。
 耳に届くのは野良犬の遠吠え、そして弟の苦しげな嗚咽。

 泣くな、ソワレ——。

 そういおうとして、しかし、アルバの唇はかすかに震えただけだった。
 あお向けに横たわったアルバの身体は、緩慢に続く出血のために大地に熱を奪われ、ゆっくりと冷え始めていた。すでに痛みはほとんど感じなくなっている。
 静かに——確実に、アルバは死の淵に沈んでいく。
「に、にい、ちゃん……」
 激しく咳き込み、ソワレが呻いた。
「にぃちゃ——」
 何かを引きずるような音がして、遠い星空と、それを四角く切り取るビルのシルエット以外に何もなかったアルバの視界の中に、弟の顔が入ってきた。
 ソワレの顔は痣だらけだった。愛嬌のあるちょっとした美少年が台なしだ。
 顔だけでなく、ソワレは全身傷だらけだった。年嵩の若者たちにさんざん殴られ、蹴飛ばされ、むしろこの程度ですんだのは運がいいとさえいえるのかもしれない。
 最後までソワレをかばい通そうとしていたアルバは、おかげでこのありさまだった。
 おたがいにひどい顔になったものだと、アルバはそう笑い飛ばしてソワレをなぐさめようとしたが、やはり声が出ない。
「お、起きろよ、にいちゃん……」
 這いずるようにして近寄ってきたソワレがアルバの手を握る。だが、ソワレのぬくもりはかろうじて感じることができても、いつものように握り返すことができない。
「にいちゃん……!」

 泣くな、ソワレ。おまえが死ぬわけじゃない——。

 心の中で呟きながら、アルバは、こんな自己満足とともに勝手に幕を降ろそうとしている自分に気づいて吐き気がした。
 たったひとりの弟を、身体を張って守り通して命を落とす兄——それを美談と見てくれる人間も、この腐った街にひとりやふたりはいるかもしれないが、結局、それはただの自己満足にすぎない。恰好をつけながら、現実から逃げようとしているだけだ。
 生まれ故郷を遠く離れて、いつ終わるとも知れない流浪の日々に疲れ果てて、知らず知らずのうちに、アルバは心のどこか片隅で、何もかも捨てて楽になりたいと思っていたのかもしれない。捨てるものなどほとんどないくせに、解放を望んでいたのかもしれない。
 捨てるものなど——自分には、血を分けた双子の弟以外に何もないと判っていたはずなのに。
 ソワレを残して自分だけ楽になろうとするおのれの狡猾さを、アルバは嫌悪した。
「すまな、い……」
 かろうじて口にできた言葉はそれだけだった。
「にいちゃん!?」
 すぐそばにいるはずのソワレの声が、ひどく遠いもののように思えてきた。
 意識が拡散していく。
 頭上に広がる星空いっぱいに、自分の意識が散っていく。
 死ぬのかもしれない——。
 他人ごとのようにそう感じたアルバの意識が、その時、強い力で現実のほうへと引き戻された。

 誰かが——複数の人間がこちらへ走ってくる足音がする。野良犬が哀しげな吠え声を残して逃げ去り、不安に駆られたソワレが自分の手をぎゅっと握り締めるのがアルバにも判った。
 奴らが戻ってきたのか。
 また俺たちをなぶりにきたのか。
 完全に枯渇したはずの力が一時だけよみがえってきたことを感じ、アルバは傷だらけの身体を起こそうとした。
「——おい、大丈夫か!?」
 大人の男の声が聞こえた。やってきたのはあの若者たちではなかったようだが、しかし、すでにアルバには、それを確認することはできなかった。

 意識がフェードアウトしていく中、アルバが最後に目にした星空は、ふるさとで見たそれを思わせた。

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