サンズ・オブ・フェイト
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〈7〉

 あのあと、チャンスが愛車で駆けつけてきて、結局、あのチンピラの群れを4人で相手取ることになった。
 途中で逃げ出した男たちも少なくなかっただろうが、それでも、半分以上は叩きのめしてやったと思う。
「ったく……ガキどももガキどもならおまえもおまえだ!」
 愛車のハンドルを握るチャンスが、わずかに切れた口の端を押さえて吐き捨てた。
「おまえは〈サンズ・オブ・フェイト〉のリーダーなんだぞ? だったらもう少し立場ってもんを考えろよ!」
 アルバたちを助けるために“組織”の連中と大乱闘を繰り広げたフェイトを、チャンスはきつい口調でたしなめた。
 だが、当のフェイトは窮屈そうに身体をちぢこまらせて後部シートに身をうずめ、悪びれもせずにこにこと笑っている。
「かならずおまえが来てくれるって信じてたんだよ。おまえだってアルバとソワレのことが心配だったんだろ?」
「うるせえ! 黙ってろ、バカ!」
 チャンスはカーラジオのボリュームを上げ、荒っぽくハンドルを切った。
 夜明けが近い。
 4人を乗せた白いコルベットはセントラルシティを駆け抜け、サウスタウンポートへと向かっている。
 夜明けの風を胸いっぱいに吸い込み、アルバは呟いた。
「誰かを信じると、人を頼る心が生まれて、俺は弱くなる」
 誰に問われたわけでもなく、ついこぼれ出た言葉だった。
「弱ければ、ソワレを守ってやれない。——だから、俺は誰も信じない」
 信じなければ裏切られもしない。最初から人は人を裏切るものだと考えておけば、足をすくわれることも、裏切られて落胆することもない。
 だからアルバは、ソワレ以外の何者も信じないようにしてきた。これまでそうやって、ヨーロッパからアメリカまで流れてきた。
「人に裏切られるのが怖かったのか?」
「怖い……?」
 フェイトの問いに、アルバはゆっくりと彼の顔を見た。
 助手席に陣取ったソワレは、さっきまでラジオから流れるポップスに合わせて陽気に鼻歌を歌っていたが、いつの間にか居眠りを始めていた。夜半すぎからのあの乱闘で、よほど疲れていたのだろう。
「……かもしれない」
 アルバはシート越しに弟の寝顔を確かめ、静かにうなずいた。
「これまでいろんな人間に騙されてきた。何度も死ぬような目に遭った。そういう思いを味わうくらいなら、いっそ人なんか信じないほうが楽だ。……でも、ソワレは決して俺を裏切らないし、俺もソワレを絶対に裏切らない。それだけで充分だと思ったんだ」
「うるわしい兄弟愛——といいたいところだがな、世の中を見切ったようなそんなセリフを吐くには10年早いんじゃないか?」
 チャンスがアルバの告白を軽く笑い飛ばした。
「相手が裏切らないから信じてもいい、なんてのは傲慢な考えだぜ、アルバくん。人を信じる時は見返りを求めないもんだ。たとえ裏切られてもいい、そいつを心底信じられるってヤツを見つけることが大事なんだと思うがね」
「……リアリストのあんたがそんなこというとは思わなかったな。あんたこそ人を信用しない人間のように見えるけど」
「今のはアレだよ、チャンスが女を口説く時のセリフみたいなもんさ」
 汗が乾いてばさついてきた髪に手櫛を通し、フェイトは笑った。
「たとえきみが俺を裏切っても、俺のきみへの愛は変わらない——とか何とか、よくいってるよな、おまえさ?」
「人を信じるってのは、要するに、そいつに惚れ込むってことだろ。男だとか女だとかは関係ない。……違うか?」
「まあ、似たようなものかな」
「確かにオレは誰も信用しない人間に見えるかもしれねえが、そいつは誤解だ。こいつなら信じられるって基準が、オレの場合は極端に高いだけだよ。……たぶん、おまえもそういうタイプだろうぜ、アルバ」
 バックミラー越しにアルバに語りかけたチャンスは、真後ろに座っていたフェイトを肩越しに指差し、
「——逆にこのリーダーさんは、そのハードルが低すぎる。誰でも彼でも簡単に信じすぎるおかげで、何度も罠にかかったり死にそうな目に遭ったりしてるってのに、それでも懲りずにすぐに人を信じる。人に騙されてる数でいえば、おまえら兄弟なんざ相手にならねえ。ついでにいうと女にも騙され続けてる」
「まあ、裏を返せばだな、俺の愛はチャンスの愛より広くて深いってことだろ?」
「広い深いじゃない、おまえのは安いっていうんだよ。——しかしまあ、ギャングにあるまじき博愛主義ってのが、おまえのいいところでもあるんだろうがな」
 肩をすくめ、チャンスは笑った。
 たぶん、チャンスにとっての心底信じられる奴がフェイトで、フェイトにとっても、チャンスこそが一番信じられる相手なのだろう。
 そんなふたりをすぐそばで見ていると、アルバもつい口もとがゆるんでくる。
 本当にバカで人のいい大人たちだ。
「——何がおかしいんだ、アルバ?」
 アルバの表情に気づいたフェイトが尋ねる。
「いや……騙されやすいあんたを信用するのは少し怖いなと思っただけだよ」
「おいおい」
「だが、疑り深いチャンスとセットなら、案外バランスは取れてるみたいだ」
「それは褒め言葉なのか?」
「褒めてるわけじゃない。単に事実をいっただけだ」
「相変わらず可愛げのないガキだな」
「そういってもらえるとありがたいな」
 細く射してきた曙光に、アルバは目を細めた。
「——俺は1日でも早く、この街のどこに行ってもナメられない人間になりたいと思ってるんだ」

 それは、ソワレとともにこの街で生きていくという、アルバの決意の表れでもあった。

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