サンズ・オブ・フェイト
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〈6〉

 その時、疲労困憊のアルバたちを囲んでいた男たちが、いっせいに息を呑んだ。
 ナイフと呼ぶには大きすぎる刃物を手にした男が、背中から街灯に叩きつけられ、泡を吹いて悶絶していた。
 アルバがやったのではない。ソワレがやったのでもない。
「……こんなところにいたのか」
 さも当たり前のように、“彼”はそういって男たちの輪の中に割って入ってきた。
 よほどあちこち走り回ったのか、額にはびっしりと汗の珠が浮かび、しかし、その顔は嬉しそうにほころんでいる。
「ふぇ、フェイトだ——」
 チンピラたちの間から、呆然と声があがった。
 それは、彼の笑顔にはまったくそぐわない、ある種の畏怖のこもった呟きだった。
 明らかに男たちは、アルバたちとの再会を満面の笑顔で喜ぶこの“お人好し”を恐れていた。
「フェイト……」
 思わずもれたアルバの声には、逆に安堵の吐息が混じっていて、それを自覚したアルバを狼狽させた。
 どうして俺は、この“お人好し”の笑顔を見て、わけもなく安心してしまうのか——。
 そんなことはありえない、あってはならないことだと、アルバがかぶりを振って強く否定しようとした時、突如訪れた静寂に耐えかねたのか、チンピラがひとり、逆上のおめきをほとばしらせた。
「構わねえよ、やっちまえ! こいつを始末すりゃあ出世できんじゃねえかよ!」
「こっちのシマまでのこのこ出てきやがって——」
「ブッ殺してやらァ!」
 それが引鉄となって、チンピラたちがふたたび動き出した。スラムで最強といわれる男——フェイトに対する恐れがそれで消え去るとでも思っているのか、口々に意味のない怒号を放ち、いっせいに3人に襲いかかってくる。
「!」
「大丈夫だ」
 思わず身構えたアルバとソワレに、フェイトはいった。
「俺がついてる。大丈夫だ」
 その言葉にどんな根拠があるのか。
 アルバがさかしげに聞き返そうとした時には、すでに答えが出始めていた。
 確かにフェイトは、“お人好し”には違いないが、このスラムで最強だというのも本当のことらしかった。
「おまえらの面倒は俺が見るっていっただろ?」
 たちまちのうちに数人の男たちを地べたに這いつくばらせ、フェイトは軽く拳を振ってウインクした。数え切れない実戦の中で鍛え上げられてきた重い拳の連撃に、気勢を削がれた男たちはもちろん、アルバもソワレも声が出ない。
「——おまえたちがどう思っていようと、おまえらはもう俺の“家族”だ。俺は、一度交わした約束は絶対に守る。ケンカのほかにはそれくらいしか能のない男だからな」
 そういって、フェイトはほかの男たちに殴りかかっていった。
 いくらスラムで最強といわれていても、何十人いるかもさだかでない敵の中に、微塵のためらいもなく素手で飛び込んでいくその理由が、流れ者の少年と世間話の中で交わした口約束ひとつ——。
「……本当にバカだな」
「いい年した大人のくせにな」
 アルバの呟きに相槌を打ったソワレは、あちこち腫らした顔で笑っていた。その笑顔はとても楽しそうだった。
 たぶん、自分も同じようなみっともない顔で笑っているに違いない。
 前髪を軽くかき上げ、アルバは右の拳を握り締めた。
「あの男のそばにいると、バカやお人好しがうつりそうだ」
 そういいながら、アルバはソワレとともに走り出していた。

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